2019/09/05

【9月例会のお話から】講演会、生活展など大きな行事に関わって 

30年を振り返って歴代総リーダーが語るシリーズ ⑤
 2019年9月例会での、元林さんのお話

わたしは、1995年11月に横浜友の会より転入してまいりました。
2002年に総リーダーのお役を受けました。

振り返ると、講習会、講演会、生活展等にかかわらせていただいたことを思い出します。

2000年の全国友の会創立70周年の記念行事で、豊中友の会は「くらしかん」で「親と子の生活展」開催を決め、前年度から準備をはじめました。
全体のリーダーは播本さんと安田さんでした。私は初めて大きな行事の宣伝リーダーをさせていただきました。
池田方面におられた安藤さんが、前の生活展で私は靴を一足はきつぶしました、と言われたことは忘れられません。
このころ、我が家にもパソコンが入り、播本さん、奥さん、硲さんたちのパソコン教室で習いました。生活展の案内やお礼などパソコンで作ることができました。
二日間入場者数は大人1851人、子ども719人の2300人を迎えることができたことは、大きな達成感と成功体験を味わわせていただけました。
 この写真は終わった後、記念写真をとりました。97、8人の働人です。

20周年のころまで豊中友の会は、新しい友の家がほしいという願いもあったので、ほぼ毎年のように講演会か音楽会を開いていました。
私の総リーダーの年2002年には、会員のKさんのご縁から評論家、米沢 慧氏に「老いの手前に立って」という題で講演していただきました。

次の年、正確には2004年2月です、児童精神科医の佐々木正美氏「子どもへのまなざしー豊かな人間関係が豊かな心をつくるー」と題してアクア文化ホールで開催しました。

わたしは、内容リーダーでした。まずは、佐々木氏を私が知ることからと思い、横浜まで先生の勉強会などに参加しました。チケットは講演会前に売り止めになりました。当日も、当日券売り場に行列ができました。とうとう帰っていただく人も出てしまいました。ベビーカー置き場にベビーカーがあふれました。
写真は佐々木正美氏とその時の総リーダーの安藤さんと私です。
2005年の時は村川協子氏の講演と河合隼雄氏の講演会の2つ開催でした。村川さんは新大阪までお迎えに伺いました。
河合隼雄講氏講演会は、読売文化ホールに於いて演題は「新しい家族を考える」でした。浦さんのご尽力でかなった講演会でした。わたしは、渉外係りで先生の秘書の方とやり取りをいたしました。当日、浦さんと千里中央の改札口にお迎えに行きました。なにしろ文化庁長官ですからとても緊張しました。おかばんを持っておられたので、お持ちいたしますと言ったら、いやこれは軽いんですよと言って手渡された鞄はほんとに中身は無いくらい軽かったです。
この時の写真です。向かって右の女性は、元自由学園園長羽仁翹先生の夫人で元中央委員全国友の会代表の羽仁さわ子さんです。翹先生と河合先生が親しい間柄だったのでと言われてこられました。

2006年の音楽会は、「中道裕子と浅岡聡 ピアノとストーリー」では音楽事務所との連絡係りでした。

創立20周年2009年にお呼びしたのは、辰巳 渚氏でした。
住の勉強をグループでやってみようとしていた時、ちょうど、自由学園明日館で辰巳さんの講座が開かれると知って受講しました。そのことがきっかけで、ぜひ20周年の記念講演におよびしたいと提案させていただきました。皆で辰巳さんの本を読書し、実際片づけなどした様子のたくさんの写真を模造紙をつないだ大きな紙に貼って当日展示しました。今日また展示しています。私が10年間大事にしまっていました。また、披露することができて良かったです。(写真はその一部です)
辰巳さんの記事は、昨年婦人之友7月号に初めてのりました。
そしてその掲載された号が発売された6月に交通事故で亡くなられました。
これは辰巳さんの2013年出版の著書、「おおらかに生きるための捨てる哲学 人生十二相」です。
          

この本の序章に、”すべてのものは移ろうもの”として、福岡伸一さんとの対談がのっています。(思い出したのは、8月の福岡伸一氏の読書会が終わってからでした。)
辰巳さんは、「生命もくらしも生きて動いて動的平衡と同じでしょう」と福岡さんと話しています。辰巳さんと福岡さんの接点がこんなところにあったとは、また今月の例会で、この話がこの場でできるとは、目に見えない力というか不思議な縁を感じました。

この原稿を書きながら、皆様に許され良い場を与えられたことに、感謝の思いがわいてまいりました。

***
元林さんは、今年度(2019年)創立30周年記念 福岡伸一氏講演会 宣伝リーダーです。